日本教育デザイン学会 ーJEDIー

危機感は克服できたのか -0-

 両親による虐待で、また幼い子供の命が奪われてしまいました。家族が大好きであったろう子供は、虐待を受けていたにもかかわらず、両親の指示により「虐待はなかった。」「家族一緒に暮らしたい」という手紙を書かされ、その手紙を示された児童相談所は、手紙の信憑性を疑いながらも子供を両親の元に返し、結果として子供は尊い命を失うことになりました。

 報道では、この事件に対応した児童相談所の責任を強く問い、弁護士が児童相談所の対応を厳しく指摘する様子をテレビで紹介するなど、虐待死の責任を保護者と対応した児童相談所にあるかのように指摘しています。

両親や児童相談所の責任が重いことは当然ながら、そこに限定して虐待死の原因や背景を求めているだけでは、このような事件はこれからも続くように思います。この事件を始め、子供が巻き込まれる痛ましい事件の背景に、私たち大人の意識やこれまでの教育システム・社会(教育)システムの限界が露呈しているように思います。だからこそ、事件の遠因にすべて大人がいるという自覚が必要なのではないでしょうか。なぜならば、現在の教育や社会システムに原因があり、その仕組みを造ってきたのは私たち大人なのですから。

◆ 次世代を育てる心を失う危機!

 今から20年前、中央教育審議会は次のような答申を出しています。

その内容を目次から概観すると次のようになっています。(目次の一部を下記に示します。)

 この目次項目を見ただけでも、「○○が十分ではないな」「□□は全然できていないな」というものばかりではないでしょうか。
 今回の事件は、20年前に中教審答申が指摘していた「次世代を育てる心を失う危機」に私たちは直面していたにもかかわらず、危機感が薄く、迫り来る危機に対する具体的な取組や成果を上げることができないまま現在に至っていることの証左のように思います。
 当時、子供であった両親が20年後大人になり、今、「虐待死」という悲惨な事件の当事者になっているという現実は、日本の教育、日本の子育てに対する施策や取組の失敗を直視せざるを得ない厳しい現実を示しているように思います。

 だからこそ、「未来の教育」をデザインしその実現に向かうエネルギーが求められているのです。