日本教育デザイン学会 ーJEDIー

「一粒の種の神秘」から学ぶ!-1-


地球上には、「植物」「動物」「細菌類」など、多様な生物が相互に依存し関係性を持ちながら生存しています。私たちは、人間中心で物事を考えがちですし、無意識の価値基準でさまざまな事態に対処し、判断し、決断しています。ですから、植物がどうやって生き、子孫を残そうとしているのかなど考えることはあまりありません。

でも、改めて考えてみると、植物の成長は神秘に満ちています。

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さあ!
その様子をじっと観察してみましょう

  一粒の種
  一粒の小さな小さな植物の種

わずか数ミリの小さな種は
ある条件が整うと
命のプログラムを起動し
根を張り 小さな小さな芽が地面から顔を出します

わずか数ミリの小さな種は
環境からの応援を受け
自分の力で 芽を出し
太陽の光をたくさん浴びながら
必死になって土の中にある水を吸収します

葉の位置を整え
葉を大きく茂らせ
たくさんの光りを浴びながら
成長していきます

上へ上へと茎や幹を伸ばし
下へ下へと 横へ横へと 根を張り
ぐんぐん成長していきます

そして ふと気がつくと
わずか数ミリだった小さな種は
いつしか大木へと育っているのです

でも これまでの成長を振り返ると
地面に落ちた小さな種は

誰からも世話を受けることはありませんでした

小さな小さな種は
環境の力を借りながら(光を浴び 水を吸収し 空気を吸いながら)
自分の中にある成長のプログラムに従って
春には芽を出し
新緑のさわやかな色合いを身に付け

花を咲かせ
秋には葉を紅くし

木枯らしに乗って葉を落とし
じっと次の春を待ちます

そして 大木に育った小さな種は
たくさんの可能性を詰め込んだ新しい小さな種を小枝の先に撓わに実らせます

  たくさんの鳥や風や動物たちの力を借りながら
  そっと 自然界の仲間として 新たな小さな種(命)を
  この世界に送り出します

  地面に落下した新しい命(小さな小さな種)は
     再び 命のプログラムが活動する条件がそろうまでじっと待ち
   やがて 小さな芽を出します

でも 小さな小さな種を作った大きな木は
芽を出し成長し始めた小さな種の世話をすることはないのです

この一粒の種の生長の中に、私たちが子どもを育てるヒントが隠れているように思います。
「これまでの教育」が行き詰まっているとき、原点に立ち帰って、成長と発達を考える必要があるのではないでしょうか。

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小さな一粒の種の中には
成長のためのプログラムが予め組み込まれています

そのプログラムは、環境によって起動され
その後の環境に影響されながらも
大きな木へと成長していくのです

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この「一粒の種は予め成長の発達のプログラムを持っている」ということを再認識し、ここに「子育ての重要なヒント」が隠されていることに気づく必要があります。

「子ども達は、成長のためのプログラム」を予め持って生まれてきます。それは、時期が来れば、歯が生え始め時期が来れば、言葉を発し始め、時期が来れば、歩き始めることからも明らかです。

私たちは、「教育」というと大人の重要な仕事と考え、「教えなければ」「育てなければ」という強い思いに駆られ過ぎているのではないでしょうか。自分が捕らわれている無意識の前提に気づき、「子ども達は、成長・発達のための力を持って生まれてきている」ということに、もっと関心を払うべきではないでしょうか。そして、そのためには「環境を整える」ことが不可欠であることに意を配らなければならないことを自覚すべきです。

なぜならば、適切な環境さえあれば、子ども達は自ら育つ力を発揮し始めるのですから。

これまで、子ども達は、自ら育ち成長・発達する力を持って生まれてきていていることに触れ、その力を最大限に引き出すのが「環境」であることを、私たち大人は強く意識する必要があることを述べてきました。

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子どもの成長や発達をつぶさに観察すると、「教えたからできた」という行動よりも、「教えなくともできた」という行動の方が多いことに気づきます。特に、乳幼児の時期は、「教えること」は教育の中心的な課題にはなりません。

親は、子どもが「できるようになる」ことをじっと待っています。授乳し、おむつを替え、語りかけながら、そのときをじっと持っているのです。

「原始歩行」を知っていますか。
原始歩行の映像を講演等で見ていただくと、多くの大人が驚嘆の表情を浮かべます。
生まれたばかりの赤ん坊の両脇を抱え、足の裏を床につけると、まるで歩くような仕草をします。これが原始歩行です。生まれたばかりの赤ん坊が、歩くという仕草をすることに、多くの大人は驚きます。

このこと一つとっても、私たちが抱いていた「教育」へのイメージが一面的で、教育の意味や子育てというこれまでの行為を見直さなければならないことに気づきます。

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超未熟児として生まれてくる赤ちゃんは、親(大人)の「育てる」という支援がなければ、命を維持することはできません。「育てる」という親(大人)の行為は、子どもの成長にとっては不可欠なのです。

思い直してください!
子どもは、DNAに組み込まれたプログラムに従って成長・発達の過程を歩み始めますが、それは前提として適切に育つ環境がしっかりと準備されているということがなければ「育たない」という極めて脆弱な存在であるということを、改めて強く意識しなければなりません。
乳幼児期、保育園や幼稚園での様々な体験、そして義務教育(小学校教育)期間での学びは、子どもの将来を方向づける最も大事なものです。その間に、どんな教育を展開するのかが極めて重要だということを改めて思い直し、教育を充実させることに精励しなければなりません。

(この記事は、「一粒の種の神秘 1~3」の内容に加筆し、再編集したものです。)